企業情報

COMPANY

代表あいさつ

皆様、120年という長きに亘り弊社をご愛顧賜り誠にありがとうございます。
この間、西宮、芦屋、神戸を中心としたこの地域のお客様の支えがあって、現在まで成長させて頂いてきました。
時にはお褒め頂き、時にはお叱りのお言葉を頂き、様々なご要望やご意見を頂き、それにお応え出来るよう努力することで、品質、サービス力、ホスピタリティなどを向上また維持することが出来ております。
近年ではインターネットを通じて全国の皆様に弊社のクリーニングを提供させて頂いております。
地元地域の皆様に育てて頂いた弊社の品質は、きっと全国の皆様に喜んで頂けるものと自負しております。
今後とも、地元地域で支持されるクオリティにこだわりながら、全国の皆様に喜ばれるサービスを提供していく所存でございますので、何卒宜しくお願い申し上げます。

会社概要

会社名 株式会社 カワキ屋クリーニング店
所在地 〒662-0934
西宮市西宮浜2丁目21番地8
連絡先 TEL:0798-35-9029 FAX:0798-22-9029
創 業 明治34年(1901年)
設 立 昭和25年
代表者 代表取締役社長 石崎 二郎
資本金 2000万円
店舗数 7店舗
従業員数 50名
取引銀行 みずほ銀行 灘支店、三井住友銀行 西宮支店、阿波銀行 尼崎支店
事業内容 ・家庭用衣服・敷物・毛布等のクリーニング
・毛皮・高級衣服の保管
・衣服のリフォーム
・バック・靴等の皮革製品のメンテナンス

社是・社訓

社是

洗心

社訓

信用は財産なり
技術は生命なり

作業工程

営業マンが得意先から託された品、店頭(直営店と取次店)で受け取った品を本社工場に集荷。
1点1点、点検しながら素材別・色別に分類し、洗い(ドライ・水洗い・特殊洗い)・プレス・しみ抜きなどの専任者が、それぞれの技術を発揮して、仕上げます。

商圏

西宮市・芦屋市・神戸市を中心に宝塚市・川西市・伊丹市・尼崎市等、阪神間の高級住宅街で店舗と外商を展開しています。

沿革

明治初期 芸州(広島)浅野家藩士であった木室嘉兵次が、明治維新後、広島の大手町(現市内中心部)にて、煙草の製造販売業を始める。
明治34年 煙草が専売になったため、木室豊次郎は同所にてクリーニング業を創業した(初代)。
明治37年 日露戦争の際、木本営が広島に移されたときに明治天皇が着用された軍服や衣服のクリーニングをご用達する。
大正3年 2代目卯三郎が神戸に進出。
昭和6年 神戸市灘区記田町に合資会社カワキ屋クリーニング店を設立。2,000坪の敷地に木造3階建の本社屋・工場を建築。米国ホフマン社よりクリーニング機械を輸入して、世間の耳目を集めた。同年、西宮市御茶家所町の国道2号沿いに西宮支店を開設。 また、《雨が降ってもカワキ屋》のキャッチフレーズが評判となり、クリーニング業のパイオニアとして阪神間に名を広めた。
昭和19年 昭和19年 8月、空襲により工場が焼失したため、会社を閉鎖。
昭和22年 3代目木室順次が西宮市御茶家所町にて個人営業で復興する。
昭和25年 株式会社に改組(資本金30万円)。従業員15名。
昭和30年 業界に先駆けて就業規則を定め、同時に社歌をつくって西宮球場において発表コンサートを行う。
昭和32年 《雨が降ってもカワキ屋》のキャッチフレーズを商標登録する。
昭和33年 資本金を250万円に増資。従業員50名。
昭和36年 資本金を400万円に増資。従業員60名。
昭和38年 資本金を500万円に増資。従業員80名。
昭和40年 資本金を1,000万円に増資。従業員90名。
昭和45年 消防庁より防炎加工業務の認証を受ける。産業クリーニング部を発足し、西宮市浜町に工場を建設。
昭和46年 資本金を2,000万円に増資。従業員90名。
昭和47年 産業クリーニング部を独立させ、日本リプロ株式会社を設立。石崎三十四が初代社長に就任。
昭和59年 石崎三十四が株式会社カワキ屋クリーニング店の4代目社長に就任。営業の活性化、作業の効率化、事務所および工場のコンピュータ化を推進。
昭和63年 毛皮・高級衣服の高度の保管事業を開始。そのシステムを確立するため、倉庫および設備の専門会社として株式会社ソウメイを設立。
平成2年 2月21日、創立90周年記念行事を西宮市民会館にて行う。
平成7年 阪神淡路大震災のため工場の大半が倒壊。
平成12年 創業100周年記念行事を行う。祝賀会で新しいロゴマークを発表。
平成16年 石崎二郎が株式会社カワキ屋クリーニング店の5代目社長に就任
平成27年 本社を西宮市西宮浜へ移転する。